「パパ!」
「どうしたの?ともゑ」


膝に飛びついてきた息子を抱き上げながら問うと、ともゑは僕の目を見て嬉しそうに笑っ
た。

「あのね、ボク今日ソナチネ終わったの!せんせいがほめてくれてシールいっぱい貼って
くれたんだぁ」

側では優子が先生に褒められた言葉を繰り返し、ともゑを見て誇らしげに微笑んでいる。



――――― ソナチネが終わったら…

耳の奥にリフレインする、甘いトーンの声。



「…パパ?」
「ああ、ごめん。よく頑張ったね」
「うん、ボクがんばってパパみたいに上手にひけるようになるからね!」

頭を撫でてやるとともゑは瞳を輝かせてそう叫び、菫のところへ駆けていく。


「…マリ」

声にならない音程で呟くと、僕はリビングのソファから立ち上がった。






“ソナチネが終わったら、マリがキスをしてあげる”



ねえ、マリ。
僕は約束を果たしたよ?

ソナチネなんてとっくに終わったし、
今はショパンでもモーツァルトでも、ベートーヴェンだって何だって弾けるのに。



「ウソツキ・・・」



君はどうして 僕のものにならないんだろう?
君は、どうして・・・





指先から零れる華やかなワルツとは相反した心から流れた滴が頬を伝い、
それはぱたりと胸の中に眠っている、けして咲くことのない「約束」と言う名の花の蕾の上に落ちた。





それでも未だ果たされない遠い約束は、ずっと僕の中でその時を待っている。