琥珀色のアルコールを傾けながら、隣に座る男は薄い色味の瞳に自嘲を浮かべてこちらを見た。










THE SAME OLD SONG AND LOVE










「最低だろ?」



それは彼が今しがた語った、自分の昔話に対する言葉だ。
私は何も言わないままじっと注がれる視線に苦く笑って、空のグラスに絶妙なタイミングで目を配ったバーテンダーに軽く手を持ち上げる。



「ジャック・ダニエル」



ストレートで、と付け足したオーダーに男が微かに喉で笑う気配。



「男前ですね」
「重たい話の後に甘い酒は飲めない」
「はは、正論だな」








――――― 叶わない恋を、してたんだよ








いつもの店、自分の指定席に腰を下ろした横でグラスを傾けていたのは、初めて見る男だった。
端整な顔立ちに、すっきりしたフレームレスの眼鏡。その奥の切れ長の眼は揶揄うような光を湛えていて、
一目で理解したのは彼がいわゆる『遊び人』と呼ばれる部類であること。


しかしその何もかも見透かした愉しげな眼差しが一条の翳りを含んているのを見つけ、わずかに眉を寄せた私に彼はふと笑って言った。






なあ、告解に付き合ってくれない?






見ず知らずの、しかも初めて会った人間に言う台詞とはとても思えない。
それでも彼の、不完全に崩れた笑み ――― いつもは不敵に微笑むのであろうことは簡単に想像できた――― に、軋むような哀しみが滲んでいて、
私は知らず知らず首を縦に振っていのだった。




目の前にバーボンが置かれる。しかし手をつけることはせずに私は口を開いた。




「…初めて会った女に聞かせる話にしては、ディープすぎた」
「感想、それだけ?」
そうだと頷くと彼はしばらく私の顔を眺めた後、手の平で頬を半分覆い声を上げて満足気に笑った。





「俺の目は確かだったな」





何も言わなくていい、ただ聞いて欲しかったのだとその横顔が言外に告げていて。
自分の選んだ言葉が間違いでなかったことに私は妙な安堵を覚える。



慰めるにはあまりにも痛く、そして酷な想い出話を彼がどんな気持ちで口にしたのかはわからない。
きっと恐らく、わからなくていいのだろう。



何も知らないからこそ言えることがある、…懺悔と同じだから。





「少なくとも私を修道女役に選んで、そっちがいいと思えたなら良かったんじゃない?」
「ウイスキー飲むシスターなんてどこ探してもいないけどな」



そこは自分の人選を恨めと肩を竦めてみせると、
瞳に好戦的な光を取り戻した男は想像した通りの笑みでグラスを上げるから、私もそれに自分のグラスを合わせる。







氷の溶ける軽やかな音が一拍の残響を置き、低く流れるコルトレーンに紛れて、消えた。