形のないそれは、降り積もった時どんな花を咲かせるのだろう。








た め 息 (3つの演奏会用練習曲 より)








せんせ、今日も窓開けて弾いてる」
「これって何ていう曲だっけ?確か、リストの・・・」






花壇に水をやりながら、聴こえてくる旋律に私はため息をつく。
が弾いているのはリストの『ため息』。





そもそもうちの音楽室は防音になっていて、”周囲を気にせずに好きなだけ練習ができる”
というのが吹奏楽部や音楽の道を志す生徒に人気だ。
しかし彼女は、”それじゃ意味がない”とわけのわからない理由で自分が使う時にはいつも窓を開け放しているのだった。



彼女がピアノを弾くのは授業以外では決まって放課後。丁度私がいつも花に水をやりに来る頃に―――――










「・・・開けていたら防音の意味がないでしょう、先生」
「そのお説教は聞き飽きました、桔梗先生」



くすり、と笑いながらはこちらに視線もくれず指を動かし続ける。
まるで私が来ることが当然だとでも言うような物言いにため息をつく。





「――――― そう言ってほしくてやってるの」





止まらない指先。鍵盤を下降していく32分音符の群れ。





「桔梗にため息をつかせたいから、私は弾くの」





速度を上げる鼓動。忘れかけた呼吸。





そうして最後の一音と同時に振り向いた彼女の微笑に、私はまたため息を吐き出す。
捕われた自分の往生際の悪さを、まだ少し認められないまま。