サイドブレーキを引きギアをニュートラルに戻し、キーを抜いて運転席を出る。

見つめる日暮れの空と海の境界を、波がざあっと攫っていった。












さく、 と靴が砂を踏む軽い音を立てながら波打ち際に沿って歩く。
胸ポケットを探り煙草を取り出す。火を点けて口唇に持って行き、途中の石段に座り込んだ。






『…さよなら、葵くん』






今日、長い間付き合った人と別れた。
その人は兄の妻で、俺がずっと片想いしていた人だった。



下世話な言い方をすれば、不倫(正論だがこの言い方はあまりしたくない。俺にとってそれは確かに恋だったのだから)
それでも俺は真剣だったし、兄よりも彼女を愛している自信があった。



けれど小さな綻びは始まった時から互いの間に存在していて、
見て見ぬ振りを重ねてきた末にそれは大きなほつれになって






『私が愛しているのはあの人なの』






結局俺は、1ミリも彼女の心を動かすことができなかった。












「…バカだな、俺も」



何度口にしたか解らない自嘲の言葉。これで、最後にできるだろうか。






顔を上げると、緩やかに、けれど確実に陽は西に傾き、黄昏が広がってゆくのが見えた。
夕暮れが終わる。空を夜に変え、明日を始めるために。



そして俺もまた、新しく始めなければならない。
だからこの日没と共に長い長い愛のたそがれに幕を下ろそう。






おもむろに立ち上がるといつの間にか短くなったフィルタの灰が指からこぼれ、その足許を波が洗う。






「さようなら、優子さん」






あの人に告げた言葉をもう一度風に乗せて、かなしみ色の夕焼けがただ静かに閉じていく



そんな、たそがれマイ・ラブ。