M i s s i n g     -unrequited-











「お帰り」


成田のターミナルを出てすぐ視界に入ったのは、見覚えのある車とよく知る穏やかな笑み。


「…お前に帰ると連絡した覚えはないが?」
「甘いよ手塚。情報網ならいくらでもあるんだから」

言い返すその前に荷物を奪われる。"乗って"と促され俺は仕方なくナビシートに滑り込んだ。



まったく…



「跡部だろう?その情報網とやらは」
「ジャックポット」

大当たり、と愉しげに笑いながら不二はゆっくりと車を出した。










低いボリュームで流れるジャズを聴きながら移り変わる夜の高速を見つめていると、
彼が微かに何か、呟いた。




「―――…には」
「え?」
には、連絡したの?」


不二の口から出た言葉に、ドキリとする。




懐かしい名前――――いや、この6年間忘れたくても忘れられなかった名前。




「どうして彼女に連絡する必要…」
「長い片想いだね、手塚」





遮られた言葉に何も言えずに、もう一度窓の外へ視線を流した。
射し込む高速の灯りがガラスに横顔と、そしてもう一つ映し出す。














ニガ  イ     キオ  ク














粉雪の舞っていた卒業式の日。
本当ならもう国外に発っていたはずなのだけれど、答辞を読むことを理由に行くのを少しだけ遅らせていた。
半分は事実で、半分は言い訳だったかもしれない。
今となってはもう、どちらでもいいことだけれど。



式の後、後輩や教師に囲まれたのを出発の準備があるからとどうにか抜けて
帰るために正門へ向かおうと振り向いたそこに、彼女が立っていた。



「…?」
「手塚、この人気者め」


彼女は俺の制服を指差して笑った。
確かにもぎ取られた釦や名札のせいで制服の上着は酷い有り様だった。
学校を出て十字路で別れるまでの間、他愛もない話をして3年間に思いを馳せた。





「いつ発つの?」
「…明日の夜」
「そっ、手塚も行っちゃうんだね」





どこか彼女の微笑みに翳りがあったように見えたのは、気のせいだっただろうか。





「頑張ってね。応援してるから。
 …また、いつか会おう」



そう言って彼女が手を差し出した。



「ありがとう。
 …また、いつか」




その手を握り返して、このまま時間を止められたらどんなにいいだろうと思った。




「じゃあ、気をつけて行っておいでね!」





手を振りながらそう叫んで、小さくなっていく背中を追いかけられずに
俺は十字路に佇むまだ花の咲かない桜の下で、ただそれを見送った。


一言、"好きだ"と告げることもできずに。












それは懐かしく、
甘やかなようでいて、
ひどく苦い記憶。











「手塚?」



不二の声がゆっくりと俺を現在に引き戻す。



「…怖かったんだ」


何が、とは訊かず彼は無言で続きを促す。



「伝えようと思った。でも、俺には言うだけの自信がなかった」






行けば、いつ帰って来られるか解らない。
もし想いが報われたとしても不安な気持ちにさせるのは解っていたし
何より不確かな約束をしたくなかった。


あの頃も今も変わらず、俺は臆病だった。









「…君たちは、変なところで似てるよね」
「え?」
「いや、こっちの話」

また微かに不二が何か呟き、ため息をついてそれからふっと会話が途切れた。




ただ流れる、カーティス・フラーのリズムだけ残して。