彼女は俺の眼の前に立っていた。





ぴんと伸びた背筋に、
緩やかに波形を描く髪の毛、
まっすぐに見据える薄茶の瞳…





身体が両側から何か見えない力に引っ張られているように、動かない。





「 ・・・君は・・・ 」





問いかけに答えずに、彼女は微笑む。
そしてその手を俺の頬へ滑らせて、囁く。





「―――…好き、よ





次の瞬間唇に触れたのは、微かなぬくもり。





そして風が吹く。
一瞬の嵐の後、眼の前には誰の姿もない。



見上げた頭上にはただ、満開の桜が穏やかに風に遊ばれているだけだった。



唇に触れ、そっと呟きを風に乗せる。





「 俺、も――――・・・ 」










桜 幻 影 case:1