伝えようとするほど、縺れていくのはどうしてだろう。












Telling











「思ってること、もっと簡単に伝えられたらいいのにね」


放課後の音楽室。
いつものようにそこに陣取っていた私と、いつものようにやってきた不二は窓際の椅子に座って向き合っていた。



「どうして突然?」
を見ててそう思った」
そう言って窓の外、テニスコートの方へ視線を投げた彼は穏やかな口調で言った。





「すんなり”好き”って言えたらいいのにって、思わない?」
「・・・それはそう思う、けど。それができたら片想いなんかしてない」
「確かに」

不二が苦く笑う。
私もテニスコートへ視線を落として、部員に指示を出している彼らの部長を見つめる。


「その一言だけならどこまでもシンプルなのに、伝えようとすると崩れちゃったりね」
「・・・うん」



私の場合、もしかしたらそれはいつもかもしれない。
伝えようとすればするほど言葉が縺れていく。



「・・・どうして上手く伝えられないんだろう」



そんな自分がひどくもどかしくて、どこか奥底で聞こえた声を思わずそのまま呟く。
すると不二が視線を上げて、私へ向き直った。






「・・・出来る人には出来ることなんだよね。だけどきっと殆どの人はそうじゃない。
 例えば『伝えてしまったらどうなるだろう』っていう不安や、心の中で思ってるたくさんのこと。
 いろんなものがない交ぜになって、想いを複雑にしていくんじゃないのかな」






そう言った彼の口調はいつもと変わらないように思えたけれど、どこか少し違う響きを持って響いた。








「――― 不二が真面目だわ」
「・・・僕は、いつも真面目だよ?」

『心外だな』、という呟きに小さく笑って、私は問いかける。


「じゃあ、どうすれば伝えられるようになると思う?」
「そうだね・・・怖がりすぎないこと、かな」


確かに、大切な想いを誰かに伝えるのは怖い。
言葉してしまえば元に戻らない気がするから。


「今まで積み上げてきたものが壊れる可能性だってある。でも、恐れてるだけじゃ何もできない。
 形のない”想い”を、自分の中で少しずつ形にしていくんだ」


その形が見えた時、上手くはなくてもきっと伝えられる自分になってるはずだよと、不二は笑った。





「―――ありが・・・」
「不二」

『ありがとう』と言おうとしたその瞬間、いつの間にかドアの横に立っていた人物の声と私の声が重なる。


「・・・乾くん?」

そこにいたのは、レギュラージャージ姿の乾くん。

「やあ。元気?」
「おかげ様で」
「どうしたの?乾」
「うん、ちょっとお使いで不二を探しにきたらいい話をしてたから、聞かせてもらってた」
「え?!」
「別にいいよ。で、何の用?」
「あ、そうだ。窓の外見てごらん」


言われて窓の外を覗くと、こっちに向かって叫んでいる手塚の姿。


「”不二、早く来い!”だってさ」
「仕方ないなあ、じゃあそろそろ行こうか」

不二はクスクス笑いながら立ち上がる。


「――― 不二、ありがとう」
「講義料は後払いでいいってことにしとくね」

さっきまでの真摯さはどこへ行ったのかすっかりいつもの彼に戻って言うと、”じゃあね”と手を振って乾くんと一緒に音楽室を後にした。



「あ、そうだ
今度は乾くんが立ち止まって私を振り返る。

「なに?」
「アイツ相手じゃ難しいと思うけど、頑張ってね」
それからニッと笑ってみせて、彼は不二の後を追っていく。


「・・・何で乾くんが知ってるの?!」
「俺のデータを甘く見ないほうがいいよ」
私の叫びにいちいち返事をしてくれるところが彼らしい。
そのことに少し呆然としながら、でもどこか満たされたような気分で私は二人を見送った。