カーテンの隙間から差し込む光に俺は薄く目を開いた。浮上したばかりの意識はまだ眠りと覚醒の境界をさまよっている。
ひとつ瞬きをしてサイドチェストの上の時計を確認すれば、早朝というには遅く昼というには少し早い時間。



(何時に帰ってきたんだっけか……覚えてねえや)



とりあえず適当に何か食べてシャワーを浴びて着替えてベッドに入った。それしか記憶にない。
自分のワーカホリック加減にうんざりして苦笑を浮かべていると、ん、と腕の中の存在が身じろぎをした。



「セン、セイ…?」
「悪い、起こしちまったか?」
「ううん。目が覚めたの……いつ、帰ってきた?」


ゆるりと瞼が上がり薄紫の瞳が眠たそうに見開かれる。そっと囲っていた腕を解き、柔らかな髪の毛を梳く。



「残念ながら記憶にございませんで。でもしっかり紫穂を抱きしめてたのは覚えてるけど?」
「またそんなことばっかり言う。私は、」
「わかってるって。短いけどちゃんと寝たし、今日は遅番だからゆっくりできる」
「…ほんとに?」
「ほんとに。俺がお前に嘘つけると思うか?」

ん?と覗き込んでやるとしばし無言ののちふいと顔を背け、「その顔、嫌い」と小さく呟かれた。



「その顔ってどの顔?」
「その顔は、その顔でしょ」
「紫穂ちゃん、具体的に説明してもらわないと俺わっかんなーい」
「……っその、甘やかしてますよって余裕たっぷりの顔!!こっちは心配してるっていうのに!」



騙されないわよ!と怒ってそっぽを向いたままの頬に微かな朱が散る。
その様子がどうしようもなく愛しくて、もう一度ぎゅっと腕に閉じ込めた。



「紫穂」
「……」
「しーほ、紫穂ちゃん。こっち向いて」
「…イヤ。どうせニヤニヤ笑ってるんでしょ」
「それが解ってりゃじゅーぶん」



顎に手をかけてそっと振り向かせれば彼女は表情を見る隙を与えず俺の胸に顔を埋める。
細い腕が背中に回されるのを感じながら、銀紫(ぎんし)の巻き毛をひとすじ指に絡めては放す。
それを繰り返していると、上げられた顔から恥ずかしそうな言葉とともに疑惑の眼差しが投げられた。



「…私にしか見せてないでしょうね?」
「何を?」
「さっきの、あの、顔」
「さあねって言ったら?……、っ、つ!」



答えるが早いかタンクトップからむき出しになった肩口にがぶりと噛みつかれる。
驚く暇もなくすっと身体を引いた彼女の唇が、綺麗に弧を描いてくすりと笑った。



「仕返し」





なあ、俺も君に訊きたいことがある。君が“女の子”から“オンナ”に変わるこの瞬間は、





「俺にしか見せてないだろうな?」
「え、きゃっ!」
「その、そそられる色っぽいカオ」



俺だけのもんだろ?と耳元に囁く。組み敷いた身体が小さく跳ねて、震える声がずるいと詰る。何と言われようが構わない。
俺だけが誰も知らない君を知っていて俺にしか触れない君の秘密があるのなら。





「センセイ、は」
「ん?」
「私だけのもの、でしょう…?」
「当然」
「私も、……私もセンセイだけのもの、よ」

ようやく紡がれた一言に微笑むと、ばか!と返される。
きっと今俺は紫穂が嫌いだと言ったあの表情をしているんだろう。でも本当だから仕方ないんだ。
他はいらない。
だって俺にはもう君しかいない。



例え君が俺から離れていってしまってもそれだけは変わらないから。
だからいつまでも二人で加減も区別も忘れてこの世界が見せる輝きにあふれた幻に騙されていないか。





どうかそんな日が訪れないようにと、願いながら。





















・戦争が始まる前の話。   inspired by:"CRAZY ABOUT YOU"(椿屋四重奏)