「それで、姫君のご機嫌は?」 「……察してくれ」 「……ご愁傷様」 頭を抱えて応接用のソファーに座り込んだ男に合掌するポーズを取り、ドリップの終わったコーヒーメーカーに手を伸ばす。 二つ出したカップに注ぎ、一つをローテーブルに置いてやると「サンキュー」とくぐもった気のない声が聞こえた。 自分も相手の目の前に腰を下ろしカップを口に運ぶ。 今日はちょっと高いブルーマウンテンを淹れてやったというのに、客人はまだ唸り声をあげている。 このままではせっかくのコーヒーが不味くなってしまう。私は見かねて口を開いた。 「ただの友達だって説明したんでしょ? ならそれでいいじゃない。 と言うか目につく場所に置いとくのが悪い」 「だーかーらー! あんなとこに落ちてるなんて思わなかったんだよ!!」 起き上がってぐわっと噛みついてきた賢木の目元が一瞬ばかり和む。やっとコーヒーの価値に気づいたらしい。 ようやくカップに口をつけた男を見遣って私は深いため息をついた。 「でもそれだけで口聞いてくれなくなるほどあの子が怒る? 他に余計なこと言ったんじゃないでしょうね」 「……“ストロベリーブロンドがチャームポイントのイイ女だったな”って言っちまった……」 「……。ええと、『自縄自縛』、『自業自得』、『因果応報』…あと何かあったっけ――」 「やめろ! 痛い言葉を並べ立てるのはやめてくれ!!」 再び頭を抱えてしまった男を横目に、部屋に入ってくるなり差し出された今回の『問題』を引き起こした写真を眺める。 卒業する時に“記念に”と撮影したらしいツーショット。賢木の隣で微笑む彼女には見覚えがあった。 米国時代の同期で、医学部内で一番人気のあった子だ。 「“見られてやましいものがあるなら次からアルバム整理には気をつけるように”」 「……皆本の口調マネすんのやめてくれよ……。 あー、普段しないようなことすっとロクな結果にならん、ってか――」 賢木がカップを持ってずるずるとソファに凭れる様は、とてもじゃないが当時の友人たちに見せられたものではない。 (―― 十二も違う女の子にこんなに振り回されてるって知ったら、みんな驚くでしょうね) 昔を思い出して笑みが浮かぶのを噛み殺しながら残りのコーヒーを飲み干すと白衣のポケットで携帯が震えた。メールだ。 開いて確認すれば差出人は今まさに思い描いていた人物で。 “もしかして、センセイ桐子ちゃんのところにいる? いたらそっちに行くから逃がさないで” “大当たり。 了解、お膳立ては任せておいて” タイミングの良さに今度こそ笑いがこぼれ、手早く返信を打ってから立ち上がった。 「修二、あたしこの後予知部に呼ばれてるから行かなきゃいけないんだけどあんたどうする?」 呼ばれているのは嘘ではない。反応を待つ。 「……そうだな、反省がてらしばらくここに置いてくれ…いやいさせてくださいお願いします」 その言葉に思わずにやりと唇が歪みそうになるのを堪え、“捕獲成功”と内心で唱える。 ここからミッションスタート。仕方ないわね、と言いながら私は任務遂行のために動き出した。 「好きなだけいてもいいけど、あたしがいなくなる前に今ちょっとやってほしいことがあるのよ」 ソファとお友達になっている賢木を手招きで呼び寄せ、隣に来たのを確認して指示を飛ばす。 「戸棚の中にアールグレイのティーバッグがあるからそれを淹れて。一番いいカップ使ってね。 それから冷蔵庫の中に頂き物のマカロンが入ってるから出してお皿に載せる! あ、紅茶のミルクも冷蔵庫ね。砂糖は引き出し。あと、」 「……なあ。なんで自分でもできるようなことを俺に「何か言った?」 「……ナンデモアリマセン」 「ならちゃっちゃとやる! ――タイムリミットはあっと言う間よ、賢木先生」 急いで戸棚から紅茶の箱を取り出している男にはどうやら最後の呟きは聞こえなかったらしい。 待っている間に資料を整理しながら様子を窺えば、着々とおもてなしの仕度が完成しつつあった。 「……できたぜ桐子! これでいいのか!?」 「オーケー、お疲れ様。あとは――」 次の句を継ぐ前にノックの音が響く。ナイスタイミングだ。「どうぞ」と訪問者に向かって声をかける。 「どうぞ、って。開錠してやらんと入れんだろ」 「その必要はナシ。だってあの子は『開けてあげなくても入れる』んだもの」 「……おい、それってまさか――」 「あら、『まさか』 なに?」 短い電子音がして扉が開き、「お邪魔します」と彼女が入ってきた。 「いらっしゃい、紫穂。ミッションコンプリートよ」 「桐子ちゃん、忙しいのにごめんね。ありがとう」 「まだ少し時間に余裕があるから大丈夫。お茶とお菓子があるからゆっくりしていってね――用意したのはあたしじゃないけど」 傍らの賢木は私たちのやりとりに口をぱくぱくさせて呆然と立ち尽くしている。その姿に小さく笑って、私はぽんと男の肩を叩いた。 「――あとは、誠心誠意謝ること。以上終わり!」 じゃあ行ってきますと戸口で手を振れば見送ってくれる笑顔と、それから。 「……謀ったな、桐子ーーーーッ!!」 恋する男の情けない叫び。 それを背中に聞きながら、私はエレベーターホールへ足を向けた。 “……ご迷惑おかけしました。もう二度と余計なことは言わないようにしようと思います…… S” 数時間後、戻った部屋に残された書き置きのメモを見て私が吹きだしたのは言うまでもない。 |
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