自分が死ぬときは何を視るのだろうか。何が視えるだろうか。
何か視ることはできるだろうか?
物心ついたときからそんなことを考えていた。
何となく良い事ではなさそうだという、漠然とした予想を抱いたまま。










力を失った掌から拳銃が滑り落ち、それにつられるように私の身体も頽れる。地に転がったデザートイーグルを横目に、狭い路地の壁にどうにか背中を預けた。
自分の足跡が尾を引くように、歩いてきた方向から血痕が連なっているのが見えた。



(情けない、まさか素人に不意をつかれるとはね)



肩で息をしながら脇腹に突き刺さったままのナイフを一気に引き抜く。鈍い痛みが走り、嫌な音を立てて口端から血が溢れ出た。



「…、……っ」
逆流してくる体液が気管に入り込んで激しく堰きこみ、幾つも筋を描きながら落ちていく。
その間にも爆音は絶えず響いていて、傷口を押さえながら私は緩慢な動作で顔を上げた。
行かなくては。みんな無事だろうか。こんなところで休んでいる時間はないのだ。



けれど立ち上がろうと目の前のパイプに伸ばした手は届かず、滑稽にも空気を引っ掻いただけでぱたりと落ちる。
何度か同じことを繰り返すうちにバランスを失い、冷たいコンクリートに身体が投げ出された。
全身が鉛のように重く、指先一つ己の意のままにならない。その状況に私はようやくこれから自分に訪れる出来事を自覚する。
傷に宛がった手が朱に染まっているのを見て、今更と自嘲の形に唇が歪んだ。





(ごめん、みんな……結構ヤバいみたい)





じわじわと意識が侵食されていく。何も考えられくなって、霞みがかるように視界が塗りつぶされていく。
これで終わりか、と思った次の瞬間。






「桐子!」






覚えのある声に名前を呼ばれたと同時に急激に視界が再構築される。
驚きに目を見開くと左目に何か映像が過った。鼓動が一度大きく脈打つ。視える――――――……



抜けるような青い空だった。その下で微笑むのは何より大切な仲間たち。
皆本に抱きつく薫と冷やかす葵。そしてそれを見て嬉しそうに笑う、寄り添った賢木と、紫穂。



(……ああ……)



その光景に安堵が込み上げて、眦から熱いものが零れ落ちたのがわかった。















「……子、…っ、…おい、桐子!」
「……しゅ…、じ……?」



一刹那意識を失っていた私は必死の声にのろのろと重たい瞼を上げた。傍らに膝をついた賢木が傷口に手を翳している。
どうしてここに、とサイコメトラーに聞くのは無粋だった。
触れたときに読み取ったのだろう、「らしくねえやられ方しやがって…!」と、賢木が唸るように呟く。




「…修、二、……聞、いて……」
「バカ!余計な消耗させるな!今は…っ?!」




あまり残されていない力を振り絞って私は傷口に当てられた彼の手首を掴んだ。賢木が瞠目したが気にせず手を傷から外させる。
残った血液をコントロールしても流れ出てしまった分は元に戻らない。もうそんなに保たないのはわかっていた。
掴んだままの彼の手を自分の左目に持っていくと、触れた指先がびくりと跳ねた。



「……透視えたん、でしょう……」
何が、とは言わなかった。
じっと見据えると、賢木はきゅっと唇を引き結んで私を見る。



「行きなさい、修二……」



透視えたのなら行きなさい。あの瞬間を実現させるために。
何物にも代えられないあんたの唯一の宝石をその腕に取り戻しに。
そして私の分まで、私とあんたの大事な親友と、妹のように慈しんだあの子たちを守って。



声に出さない想いはきっと触れたところから伝わっている。ばかやろう、と賢木が呻いた。
お前はどうするんだとその眼が言っているのに微かに首を左右に振ることで答えると、彼の顔がぐしゃりと歪められる。

今度こそ確実に消え失せていく視界の中、それを捉えた。
そんな表情をさせたくなくて私はどうにか残った意識を繋ぎ合わせ、口元に笑みを作る。



「だ…、じょ…ぶ、だから…」
「桐子、」
「…さ、いご、…、視…た、…の…が………」
「……桐子!!」



最後に視えたのが、これでよかった。
そう言いたかったのに、言葉は音にならず途切れる。






最期にこの眼に映るものは何だろうとずっと思っていた。
昔、父の死を視てしまった日。この力の存在を知ったその時からの長年の疑問が今、悪い予想を裏切って氷解していく。





この瞳に視えた未来がわずかでも希望になればいい。
どうかあれ以上の幸福な瞬間が、彼らの上に降り注ぎますように。





完全に瞼が閉ざされる寸前。
涙が頬を伝い、私の名前を叫ぶ賢木の声を聞いた気がした。















・賢木と桐子の間には、皆本を入れた3人の時の友情とはまた違ったものが流れているという話。